装飾花と fertile flower の分業は、収斂進化と読めるのか
高尾山のヤブデマリから始める研究メモ
医スク学術体系 | ボタニカルサイエンス 研究メモ Last updated: 2026-06-29
高尾山で見た違和感
高尾山でヤブデマリを見ると、最初の印象はかなりアジサイに近い
白い装飾花が周辺に並び、中央に細かな花が集まり、しかもそれが初夏の湿った半日陰の中で浮いて見える 見た目の処理としては、かなり「アジサイ的」だ
ただし、分類上はアジサイではない ヤブデマリはガマズミ属であり、アジサイ科でもない
このズレは、単なる誤認で済ませるより、いったん材料として置いておいた方がよさそうに見える
まず形の事実を並べる

ヤブデマリ、ガクアジサイ、アジサイを並べると、見た目の共通点と差がかなりはっきりする
ヤブデマリ
- 周辺に大きな白い装飾花が並ぶ
- 中央に小さな fertile flower が集まる
- 遠目では周辺部の白が先に目へ入る
ガクアジサイ
- 周辺に decorative flower が並ぶ
- 中央に fertile flower が残る
- 分業構造が視覚的にもっとも見えやすい
アジサイ
- 装飾花の比率が高い
- fertile flower は視覚的に埋もれやすい
- 花序全体が一つの色面として見えやすい
この三つを置くと、少なくとも
- 周辺部の showy flower
- 中央部の fertile flower
- 観察距離によって見え方が変わる構造
が共有されていることは事実として確認できる
次に系統の事実を置く

見た目が似ていることと、系統が近いことは別問題である
今回の三者で言えば、
- ヤブデマリはガマズミ属
- ガクアジサイとアジサイはアジサイ属
であり、ヤブデマリとアジサイ側は同じ系統群ではない
したがって、「見た目が似ているのは同じ仲間だからだ」という説明は、この時点でかなり弱くなる
逆に言えば、ここで残る説明は
- 似た問題に対して似た構造が立ち上がった
- あるいは、似た視覚効果を持つ構造が独立に成立した
という方向になる
この段階では、まだ収斂進化と断定する必要はない ただ、系統だけでは説明しにくい類似であることは置いてよい
論文ベースで言えること
ここから先は、見た目の印象だけで進めると危ういので、論文ベースの事実を置く
Hydrangea 側では、decorative sterile flowers に pollination-related function があることが研究対象として扱われている 少なくとも、装飾花がただの余剰な飾りではなく、送粉に関連する役割を持つという整理は可能である
Viburnum 側でも、decorative sterile flowers が pollinator visits に影響することを扱った研究がある つまり、ヤブデマリ側でも「周辺の目立つ花様構造が訪花者との関係に関わる」という読みは、単なる印象論ではなくなる
ここで重要なのは、両者において問題設定がかなり似ていることだ
- 遠距離からの可視性を上げる
- 中心の fertile flower へ訪花者を導く
- reproduction の実務は中心側が担う
言い換えれば、装飾花は「きれいに見えるからある」のではなく、広告機能と reproduction を切り分ける花序戦略の一部として扱える
この一点が、今回の比較のいちばん重要な根拠になる
ガクアジサイからアジサイへ、何が増幅されているのか

ヤブデマリとガクアジサイの比較だけでも、かなり多くのことが言える ただ、そこへアジサイを加えると、もう一段別の整理ができる
ガクアジサイでは、周辺の decorative flower と中央の fertile flower の分業がまだ見えやすい 一方、アジサイでは decorative flower の比率が高く、花序全体がより一体的な色面として見える
この違いは、単なる品種差としてより、構造の強調点の違いとして見た方がわかりやすい
- ガクアジサイは、分業の仕組みが見える型
- アジサイは、装飾の効果が前へ出た型
という並べ方である
さらにここには、人間選択の問題が入る
アジサイは、自然の中で成立した decorative flower の戦略を、人間が視覚的な魅力としてさらに選び取った側面が強い 遠目で強く見えること、色面として映えること、丸い花房として完成度が高いこと、そうした特徴が増幅されている
そのため、アジサイはヤブデマリやガクアジサイと似た構造を持ちながらも、一段「人間の目」に寄せられた植物として扱える
この比較を置くことで、今回の話は
- 野生の分業構造
- その視覚効果
- 人間による増幅
の三層構造として読めるようになる
ここで高尾山に戻る

この研究メモを高尾山から始めた意味は、最後まで残しておいた方がよい
ヤブデマリが高尾山で印象に残るのは、単に花の構造がアジサイに似ているからだけではない 渓流沿い、林縁、湿り気、半日陰、散乱光という条件の中で、その白がかなり強く立ち上がるからである
都市のアジサイは、しばしば色面として景観を塗る それに対して高尾山のヤブデマリは、暗い背景から輪郭として浮き上がる
この違いは、同じ decorative flower の話をしていても、見え方の力学がかなり違うことを示している
そのため、高尾山でヤブデマリを見たときの「アジサイっぽい」という違和感は、ただの連想ではなく、装飾花の広告機能がかなり感覚的に立ち上がった瞬間として読むことができる
つまり、この長文は進化論だけの話ではない 高尾山という現地があるからこそ、装飾花の問題が観察のレベルで立ち上がっている
暫定的にどう読むのが自然か
ここまでの材料をまとめると、次のように整理するのがいちばん自然に見える
- ヤブデマリとガクアジサイには、周辺の装飾花と中央の fertile flower という分業構造がある
- その構造は、decorative flower の広告機能と reproduction の切り分けとして機能的に読める
- 両者は近縁ではないので、見た目の類似は血縁だけでは説明しにくい
- したがって、似た送粉問題に対する収斂として解釈する余地が大きい
- アジサイは、その分業構造の視覚効果を人間選択がさらに増幅した側として読める
この意味では、ヤブデマリとガクアジサイの類似を「収斂進化と読む」のはかなり自然そうである
ただし、ここで止めておいた方がよい点もある
- どの選択圧が最も決定的かは単純ではない
- 訪花者、光環境、資源配分、系統制約が重なっている可能性が高い
- 収斂進化の厳密な証明というより、機能比較としてかなり筋が通る、という段階で留めるのが妥当である
留保として残ること
このテーマは、きれいにまとまりすぎると逆に危ない
見た目が似ていて、機能も似ていて、近縁ではない だから収斂進化だ、と一直線に言い切ると、読みやすいかわりに粗くなる
残る論点は少なくない
- 種ごとの訪花者構成はどの程度違うのか
- decorative flower の機能差はどこまで共通なのか
- 光環境や立地条件が視覚効果にどう効いているのか
- アジサイの園芸化がどの段階でどこまで装飾性を押し広げたのか
したがって、今回の整理は「終わりの結論」より「比較の足場」に近い
その意味で、これは長文記事であると同時に、次の比較や収集へ渡す研究メモでもある
おわりに
高尾山でヤブデマリを見ると、最初はアジサイに見える だが、その違和感をそのまま残しておくと、ヤブデマリ、ガクアジサイ、アジサイのあいだに、かなり面白い比較線が引ける
装飾花と fertile flower の分業 別系統での類似 そして園芸化による視覚効果の増幅
この三つを並べると、白い花の「きれいさ」は、ただの印象ではなくなる
高尾山の半日陰でふっと浮くヤブデマリの白は、たまたま目立っているのではなく、送粉と視覚の問題を折りたたんだ構造として、かなりよくできているのかもしれない
少なくとも現時点では、ヤブデマリとアジサイ側の類似は、収斂進化と読むのが自然そうだ、というところまでは言えそうに見える
参考にした資料
- BZ053:ヤブデマリ Viburnum plicatum——装飾花と両性花の分業戦略
- ガクアジサイ(Hydrangea macrophylla lacecap form)
- アジサイ(Hydrangea macrophylla mophead form)
- TK002 高尾山のヤブデマリ
- Uemachi et al. 2004, Comparison of decorative and non-decorative flowers in Hydrangea macrophylla
- Wong Sato & Kato 2019, Pollination-related functions of decorative sterile flowers of nine Japanese Hydrangea species
- Decorative sterile flowers in nine Japanese species of Viburnum and their influence on pollinator visits
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