限界日本医療 - Life Tap - #002:夕張——病院が消えた町で、死亡率が下がった

2006年6月、北海道夕張市が財政破綻を宣言したとき、171床あった市立総合病院は19床の診療所に縮んだ、
病床が90%減った、医師が去った、設備が失われた、
これが「医療崩壊」でないなら何と呼ぶのか、というくらいの出来事だった、

ところが、だ、
破綻前後で、夕張市民の標準化死亡比(SMR)はほとんど変わらなかった、
心疾患と肺炎による死亡率は、破綻後に下がった、
救急搬送の件数は半減した、
在宅での老衰死が急増した、
一人あたりの高齢者医療費は減った、
森田洋之という医師が夕張に残り、これらを記録した、「破綻からの奇蹟」というタイトルで本にもなった、奇蹟、という言葉が使われたのは、普通ならそんなことが起きるはずがなかったからだ、

なぜそうなったか、
総合病院が存在していた期間、夕張では「社会的入院」が常態化していた、
介護施設が足りない、家族が面倒を見られない、そういう理由で病院のベッドを埋めていた患者が多かった、医療的な必要性より、置き場所としての入院、
病院がある限り、この構造は維持される、病院がなくなったとき、家に帰るしかなかった人たちが、在宅に移行した、
自宅で死ぬことを「老衰」と診断名に書くようになった医師がいた、それ以前は、救急車を呼んで、蘇生を試みて、病院のベッドで最期を迎えることが「普通」だったが、

夕張の話を初めて知ったのは、JIU(城西国際大学)の薬学部に在籍していた頃だった、
千葉の外房エリアの医療過疎が、学生の間でも話題になることがあった、ただ、みんな触れたがらなかった、どうしようもない話だったから、
夕張と同じことが、千葉でも静かに進んでいる、産科が消え、小児科が消え、残るのは高齢者向けの医療だけになっていく、ただ夕張みたいに劇的に破綻しないから、ニュースにならない、
静かに、ゆっくり、誰も気づかないうちに縮んでいく、

夕張が教えているのは、不都合な問いだ、
病院の床数は、本当に住民の健康を守っていたのか、
医療インフラを維持するコストは誰が支払っていたのか、そのコストは、誰の「1日」を延ばすために使われていたのか、
強制的にリセットされた後に死亡率が変わらなかったなら、リセット前の構造は何のために存在していたのか、
誰も答えを出していない、夕張モデルは研究対象になった、論文になった、国際的に参照された、でも日本の医療政策が根本的に変わったわけではない、
炭鉱が消え、若者が去り、高齢者が残り、病院だけが残り続けた、
その病院のコストを支えていたのは市の財政で、市の財政を支えていたのは現役世代の税金で、現役世代は減り続けていた、
夕張の破綻は、この構造が持続不可能である事実を、ただ可視化しただけだ、
日本の他の地域は、同じことを、もう少しゆっくりと、やっている、

参考: 森田洋之「破綻からの奇蹟」/ ファイザーヘルスリサーチ振興財団 研究報告 / nippon.com「病床9割減でも医療崩壊はなかった」
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