「グルテンフリー」は意識高い系の流行りか?セリアック病とNCGSの免疫学的鑑別

近年、「グルテンフリー・ダイエット(GFD)」はウェルネス市場における一大トレンドとなった。しかし、その科学的妥当性を巡っては、医学界でも激しい議論が続いている。 一部の懐疑派は、セリアック病以外のグルテン回避を「オーソレキシア(健康への病的な執着)」や「ノセボ効果」と断ずるが、近年の消化器免疫学の進展は、より複雑な病態生理を明らかにしつつある。

本稿では、グルテン関連障害(Gluten-Related Disorders: GRD)を、以下の3つの病態に分類し、特に診断のグレーゾーンであるNCGS(Non-Celiac Gluten Sensitivity)の存在証明について、最新のエビデンスと統計学的データ(信頼区間を含む)を用いて検証する。

  1. 自己免疫性(Autoimmune): セリアック病(CD)、疱疹状皮膚炎
  2. アレルギー性(Allergic): 小麦アレルギー(WA)
  3. 自然免疫・その他(Non-Autoimmune/Non-Allergic): 非セリアック・グルテン過敏症(NCGS)

【病態生理Ⅰ】セリアック病(CD)における獲得免疫応答

セリアック病は、遺伝的感受性を持つ個体において、グルテン摂取が小腸粘膜の絨毛萎縮を引き起こす自己免疫疾患である。

分子メカニズム

グルテンの主要成分であるグリアジン(Gliadin)は、プロリンとグルタミンに富む難消化性ペプチドである。 これが小腸上皮を通過し、粘膜固有層において酵素tTG(組織トランスグルタミナーゼ)により脱アミド化されると、負電荷を帯びる。 この修飾されたグリアジンペプチドは、抗原提示細胞(APC)上のHLA-DQ2またはHLA-DQ8分子に高い親和性で結合し、CD4+ T細胞(ヘルパーT細胞)に提示される。 活性化されたTh1細胞はIFN-γやIL-21を産生し、マトリックスメタロプロテアーゼ(MMP)の活性化を経て、上皮細胞の破壊(絨毛萎縮)に至る。

疫学と診断

欧米における有病率は約1%とされるが、診断率は低く「氷山の一角」と言われる。 確定診断には、血清学的検査(抗tTG抗体、抗EMA抗体)および十二指腸生検によるMarsh分類が必要となる。


【病態生理Ⅱ】NCGSの正体:自然免疫とATI

CDおよびWA(IgE介在性アレルギー)が除外されたにもかかわらず、グルテン摂取により腹部症状(IBS様症状)や腸管外症状(ブレインフォグ、疲労感)を呈する病態がNCGSである。

エビデンス:二重盲検クロスオーバー試験

Di Sabatinoら(2016)は、NCGS疑い患者を対象に、厳格な二重盲検プラセボ対照クロスオーバー試験を実施した[^1]。 患者にグルテン(4.375g/day)またはプラセボを1週間投与し、症状スコアを比較した結果、グルテン投与群ではプラセボ群と比較して、全体的な症状スコアが有意に悪化した。

  • Overall symptom score difference: 2.2 (95% CI: 1.0 to 3.2; p=0.001)
  • Abdominal pain (腹痛): 90% of gluten group vs 68% of placebo (p=0.002)

この結果は、自己免疫反応(CD)やアレルギー(WA)がなくとも、グルテンが特定の個体において客観的な症状悪化を引き起こすことを統計的有意差をもって示している。

ATI(アミラーゼ・トリプシンインヒビター)仮説

NCGSの真のトリガーは、グルテンそのものではなく、小麦に含まれる防衛タンパク質ATIである可能性がSchuppanらにより提唱されている[^2]。 ATIは、骨髄系細胞(単球、マクロファージ、樹状細胞)上のTLR4(Toll-Like Receptor 4)-MD2-CD14複合体に結合し、NF-κB経路を介して炎症性サイトカイン(IL-8, TNF-α)の産生を誘導する。 すなわち、NCGSの本質は、獲得免疫ではなく「自然免疫(Innate Immunity)の活性化」である可能性が高い。


【機序】Zonulin経路と腸管バリア機能

Fasanoら(2011)は、グルテンへの曝露がZonulin(ゾヌリン)というタンパク質の放出を促し、腸管上皮のタイトジャンクション(TJ)を可逆的に解離させることを発見した[^3]。

Leaky Gutの分子的基盤

グリアジンが腸上皮細胞のCXCR3受容体に結合すると、MyD88依存的にZonulinが放出される。ZonulinはEGFR(上皮成長因子受容体)をトランス活性化し、TJタンパク質(ZO-1、Occludin)の重合を阻害する。 これにより腸管透過性が亢進し(Leaky Gut)、未消化の高分子や細菌毒素(LPS)が血中に流入することで、全身性の微細炎症(Systemic low-grade inflammation)が惹起される。 この反応はCD患者で顕著だが、一部の健常者においても観察されている。


【交絡因子】FODMAPsとの鑑別

一方で、Biesiekierskiら(2013)の研究は、NCGS診断の難しさを示唆している[^4]。 グルテンフリー食で症状が改善したと自己申告する患者に対し、FODMAPs(発酵性糖質)を制限したベースライン食の上で、グルテンまたはプラセボを投与したところ、両群間で症状の再発率に有意差は認められなかった。

  • Symptom recurrence: Gluten 68% (95% CI: 47 to 89%) vs Placebo 40% (95% CI: 19 to 61%); p=0.17

このデータは、NCGSと思われた症状の一部が、実はグルテン(タンパク質)ではなく、小麦に含まれるフルクタンなどのFODMAPs(糖質)による発酵・ガス産生に起因している可能性、あるいは強いノセボ効果(「小麦は体に悪い」という思い込み)が含まれていることを示唆している。


【結論】Precision Medicine(精密医療)的アプローチ

以上の知見から、以下の結論が導き出される。

  1. セリアック病(CD)は絶対的禁忌: 自己免疫による組織破壊であり、微量の混入も許されない。
  2. NCGSは実在する: ATIによる自然免疫刺激やZonulin経路を介したバリア機能低下は、生化学的事実である。
  3. FODMAPsの除外が必要: 小麦除去で体調が良くなる場合、それがグルテン除去によるものか、糖質(フルクタン)除去によるものかを見極める必要がある。

「グルテンフリー」を単なる流行として片付けるのは科学的怠慢であるが、全ての不調の原因をグルテンに帰結させるのも短絡的である。 重要なのは、自己判断による安易な除去食ではなく、血清検査によるCDの除外、およびFODMAPsを考慮した段階的な除去・再導入試験(Elimination-Rechallenge Protocol)による個体差の特定である。


【参考文献】

  1. Di Sabatino A, et al. “Effect of Gluten on Symptoms in Subjects With Non-Celiac Gluten Sensitivity: A Randomized Clinical Trial.” Gastroenterology. 2016;150(1):54-62.e5. (NCGSにおけるグルテンの影響を検証したRCT)
  2. Schuppan D, et al. “Wheat amylase trypsin inhibitors as nutritional activators of innate immunity.” Dig Dis. 2015;33(2):260-263. (ATIによるTLR4活性化と自然免疫応答)
  3. Fasano A. “Zonulin and its regulation of intestinal barrier function: the biological door to inflammation, autoimmunity, and cancer.” Physiol Rev. 2011;91(1):151-175. (ゾヌリン経路と腸管透過性の包括的レビュー)
  4. Biesiekierski JR, et al. “No effects of gluten in patients with self-reported non-celiac gluten sensitivity after dietary reduction of fermentable, poorly absorbed, short-chain carbohydrates.” Gastroenterology. 2013;145(2):320-8.e1-3. (NCGSにおけるFODMAPsの影響とノセボ効果を示唆した重要論文)
  5. Catassi C, et al. “Non-Celiac Gluten sensitivity: the new frontier of gluten related disorders.” Nutrients. 2013;5(10):3839-3853. (グルテン関連障害の分類と診断基準:Salerno Experts Criteria)
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