肝臓は「沈黙の臓器」?痛みがない理由と不調のサインの見つけ方
「俺は大丈夫」その過信が一番のリスク
「昨晩も深夜まで会食だったけれど、朝起きて胃もたれも腹痛もない。俺の肝臓は頑丈だ」
経営者やハイパフォーマーの方々と話していると、しばしばこのような言葉を耳にします。ビジネスの最前線で戦う皆さんにとって、体力は最大の資本。多少の無茶をしても体が動くことは、誇るべき能力の一つかもしれません。
しかし、薬剤師としてあえて厳しいことを申し上げます。 「自覚症状がない」ことは、「肝臓が健康である」ことの証明にはなりません。
肝臓が「沈黙の臓器(Silent Organ)」と呼ばれる本当の意味をご存知でしょうか? それは単に「我慢強い」だけでなく、「構造上、叫び声を上げることができない」という医学的な事情があるからです。
もしあなたが、健康診断の数値(γ-GTPなど)だけを見て安心しているなら、それは時限爆弾のタイマーが見えていないだけかもしれません。今日は、沈黙の裏にあるメカニズムと、声なきSOSを拾い上げる方法について解説します。
なぜ痛まない? 解剖生理学で読み解く「沈黙」の理由
肝臓がダメージを受けても痛みを感じにくい理由は、精神論ではなく、明確な解剖学的構造にあります。
1. 痛覚神経は「表面」にしかない
私たちが「痛い」と感じるためには、そこに知覚神経が通っている必要があります。 しかし、肝臓の実質(臓器の中身そのもの)には、知覚神経がほとんど分布していません。
神経が通っているのは、肝臓全体を包んでいる薄い膜、「グリソン鞘(Glisson’s capsule)」だけです。 つまり、アルコールや薬剤で肝細胞が破壊されていても、中身が静かに壊れているうちは痛みを感じません。痛みが出るのは、肝臓が炎症でパンパンに腫れ上がり、表面の「グリソン鞘」が物理的に引き伸ばされた時、あるいは肥大した肝臓が周囲の臓器を圧迫した時です。
この段階で痛みを感じた時には、肝炎や脂肪肝がかなり進行している可能性が高いのです。
2. 生存のための「予備能(Reserve Capacity)」
もう一つの理由は、肝臓が持つ驚異的な「予備能(代償機能)」です。 肝臓は代謝・解毒・胆汁生成など500以上の機能を担う、生命維持の要です。そのため、一部が壊れてもシステムダウンしないよう、あらかじめ余裕を持って設計されています。
医学的には、肝臓の細胞の30〜40%程度が正常に機能していれば、日常生活に支障が出ないと言われています。 これは生物としては優秀な安全装置ですが、裏を返せば「7割近くが壊れるまで、異常に気づけない」ということでもあります。
ビジネスで言えば、社員の半分以上が倒れているのに、残った数人の精鋭が超人的な働きをして、売上(身体機能)を維持しているブラック企業のような状態です。表面上の数字(体調)が変わらないからといって、組織(肝臓)が健全であるとは限らないのです。
東洋医学が教える「未病」のサイン
西洋医学的な検査で「異常なし(A判定)」であっても、東洋医学(漢方)の視点で見れば、すでに体はSOSを出していることがあります。 これを「未病(みびょう)」と呼びます。
「肝」の不調は、目と爪、そして感情に出る
漢方の古典『黄帝内経』には、「肝は目に開竅(かいきょう)し、爪にその華があらわれる」という記述があります。肝臓そのものは痛みを発しませんが、その不調は体の末端にサインとして現れます。
以下のチェックリストを確認してみてください。
- 目の異常:
- 夕方になると目が極端に疲れる、かすむ(肝血虚)
- 目が充血しやすい、白目が黄色っぽい(肝熱)
- 爪の異常:
- 爪が割れやすい、二枚爪になる
- 爪に縦線が入っている(栄養不足のサイン)
- 手のひらの異常:
- 親指と小指の付け根が、不自然に赤い(手掌紅斑:慢性的な肝障害のサイン)
- 感情の異常:
- 「肝」は将軍の官であり、感情のコントロールを司ります。
- 最近、些細なことでイライラする、怒りっぽくなったと感じるなら、それは性格のせいではなく、肝臓のオーバーヒート(肝気鬱結)かもしれません。
数値が悪化する前の「手立て」を
肝臓のケアにおいて、痛みが出てから、あるいは健康診断で「要精密検査」と言われてから対処するのは遅すぎます。
「最近、爪がもろくなったな」 「やけに目が疲れるし、イライラするな」
そう感じた瞬間こそが、あなたの肝臓が発している小さな「声」です。 この段階であれば、休肝日を作る、薬膳や漢方を取り入れる、睡眠を見直すといった「生活の微調整」だけで、十分にリカバリーが可能です。
あなたの体質や生活習慣に合わせ、具体的にどのような「微調整」が必要なのか。 科学的エビデンスと漢方の知恵を融合させた「パーソナル健康コンサル」で、一度あなたの肝臓の状態を棚卸ししてみませんか?
沈黙の臓器が悲鳴を上げる前に、私の右腕である薬剤師(Masa)にご相談ください。
【参考文献・リンク】
本記事の執筆にあたり、以下の学術論文および医学書を参照いたしました。
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肝臓の解剖生理と痛覚メカニズム
- 『グレイ解剖学 原著第4版』 (Elsevier Japan) - 肝臓の被膜(グリソン鞘)と神経分布について
- 日本消化器病学会. 『消化器病専門医のための消化器病セミナー・肝臓』
-
肝予備能と代償機能
- Katoonizadeh A, et al. (2010). “Liver regeneration: 2 sides of the coin.” Seminars in Liver Disease. (肝再生と機能維持のメカニズム)
- 『ハリソン内科学 第5版』 - 肝機能検査と病態生理
-
東洋医学における肝の概念
- 『黄帝内経素問・霊枢』 - 五臓六腑と五官(目・爪)の関係性
- 日本東洋医学会. 『漢方医学テキスト』 - 肝気鬱結、肝血虚の診断基準