薬を飲みすぎると肝臓が悪くなる?解毒のメカニズムを解説
【導入】その一錠、本当に今必要ですか?
「大事な商談前だから、頭痛薬で痛みを散らそう」 「会食続きで胃が重いから、とりあえず胃薬を飲んでおこう」 「パフォーマンスを上げたいから、海外製の高濃度サプリを数種類飲む」
経営者やハイパフォーマーの皆さん、オフィスのデスクやカバンの中が、まるで「小さな薬局」のようになっていませんか? 忙しい日々を乗り切るために、現代医学の力を借りるのは賢い戦略です。私自身、薬のプロである薬剤師ですから、薬を否定するつもりは全くありません。
しかし、もしあなたが「とりあえず飲んでおけば安心」という感覚で錠剤を口に放り込んでいるとしたら、少しだけ立ち止まって考えてほしいのです。その一錠一錠を、文句ひとつ言わずに処理し続けている臓器があることを。
そう、「沈黙の臓器」と呼ばれる肝臓です。
今日は、薬を飲むとき体内では何が起きているのか、その裏側にある「解毒」のドラマについてお話しします。移動中の車内やジムでのワークアウト中に、サクッと耳で学びたい方は、ぜひ上記のPodcast音声もチェックしてみてくださいね。
【本論】薬は「異物」。薬理学で読み解く解毒のプロセス
ここからは少し専門的な話をしましょう。なぜ「薬の飲みすぎ」が肝臓の負担になるのか。これを理解するには、薬理学における「代謝(Metabolism)」のメカニズムを知る必要があります。
1. 肝臓の関門「初回通過効果」
口から摂取した薬(内服薬)は、胃や小腸で吸収された後、すぐに全身を巡るわけではありません。まず「門脈(もんみゃく)」という血管を経由して、必ず肝臓を通ります。 ここで薬の一部は代謝(分解)され、薬効を失ったり、逆に活性化されたりします。これを「初回通過効果(First-pass effect)」と呼びます。肝臓は、体内に入ってきたものが「栄養」なのか、それとも排除すべき「異物」なのかを検閲する、厳格な税関のような役割を果たしているのです。
2. 解毒の主役「CYP(シトクロムP450)」
肝臓での代謝反応は、主に2つのフェーズで行われます。
- 第Ⅰ相反応(酸化・還元・加水分解): 主に「チトクロームP450(CYP)」という酵素群が働きます。脂溶性が高く排出しにくい物質を、化学構造を変えることで水に溶けやすくしたり、次の反応へ進みやすくしたりします。
- 第Ⅱ相反応(抱合): 第Ⅰ相で処理された物質に、グルクロン酸などの水溶性物質を結合(抱合)させます。これにより、物質は完全に水に溶ける形となり、尿や胆汁として体外へ排泄される準備が整います。
3. なぜ肝臓が傷つくのか?(薬剤性肝障害の機序)
通常、このシステムはスムーズに働きます。しかし、処理能力を超える量の薬やサプリメントが入ってくるとどうなるでしょうか。
例えば、解熱鎮痛剤のアセトアミノフェンなどは、通常は無害に代謝されますが、大量に摂取すると代謝経路が飽和し、NAPQI(N-アセチル-p-ベンゾキノンイミン)という毒性の強い中間代謝物が蓄積します。これが肝細胞のタンパク質と結合し、細胞壊死を引き起こすことがあります。
また、代謝の過程で発生する「活性酸素」も、肝細胞を酸化させ、炎症を引き起こす要因となります。 つまり、薬効成分そのものが悪さをするというよりは、「異物を必死に処理する過程で生じる廃棄物や過負荷」が、肝臓という工場を疲弊させ、破壊していくのです。
【結論】「肝」を労る、引き算の健康戦略
西洋医学的なメカニズムを見てきましたが、ここで東洋医学(漢方)の視点を加えてみましょう。
東洋医学において、肝臓に対応する「肝(かん)」は、単なる解毒工場ではありません。「将軍の官」と呼ばれ、全身の気の巡り(疎泄)をコントロールし、血液を貯蔵し、情緒を安定させる司令塔の役割も担っています。
興味深いことに、漢方では「ストレス(気滞)」も肝を傷つけると考えます。 つまり、ハイパフォーマーであるあなたは、
- 仕事のプレッシャー(ストレス)で「肝」を酷使し、
- その不調をカバーするために多用する薬やサプリで、さらに物理的に「肝臓」を酷使している という、二重の負担をかけている可能性があるのです。
あなたの肝臓には「個体差」がある
お酒の強さが遺伝子で決まるように、薬を代謝する酵素(CYPなど)の活性にも大きな個人差があります。 「あの経営者が飲んでいるサプリだから」「有名な薬だから」といって、あなたの肝臓がそれを難なく処理できるとは限りません。自分にとっての適量を超えれば、どんなに良い薬も「毒」になり得ます。
パーソナルな「引き算」の提案
現代のハイパフォーマーに必要なのは、何かを足す(サプリや薬を追加する)ことよりも、肝臓の負担を減らす「引き算」の戦略かもしれません。
- 今の不調は、本当に薬が必要なものか?
- そのサプリは、食事で代用できないか?
- あるいは、漢方薬で「肝」の機能を底上げし、自然治癒力を高める方が合っているのではないか?
こればかりは、画一的なネットの情報では判断できません。あなたの体質、生活習慣、そして遺伝的な傾向までを含めた「パーソナル健康コンサル」で、一度棚卸しをしてみませんか?
肝臓が「沈黙」を破って悲鳴を上げる前に、あなたの右腕としての薬剤師(Masa)にご相談ください。まずは、不要な一錠を減らすところから始めましょう。
Masaさん、記事の信頼性を担保する「参考文献セクション」を作成しました。 専門医や学会の最新ガイドライン、および権威ある学術情報をピックアップしています。記事の末尾(結論のあと)に、区切り線を入れて配置してください。
【参考文献・リンク】
-
薬物性肝障害の診断とメカニズム
- 日本肝臓学会 (2023). 『薬物性肝障害診断指針案(RECAM-J 2023)』および『ICIによる肝障害診断指針』
- Drug-Induced Liver Injury: Mechanisms, Diagnosis, and Management (NIH/PubMed)
- 薬物代謝酵素CYPと初回通過効果の基礎理論(MSDマニュアル プロフェッショナル版)
-
アセトアミノフェンとNAPQIの毒性
- 八百 脩平. (2019). アセトアミノフェンによる肝障害. 『総合診療』29巻2号.
- Acetaminophen-induced hepatotoxicity: metabolic mechanism and targeted therapy (Cell Death & Disease)
- 大阪大学大学院工学研究科 (2022). 「質量顕微鏡で解明へ。解熱・鎮痛薬(APAP)の過剰摂取による肝障害のメカニズム」
-
薬剤代謝と個人差(遺伝子多型)
- 東北大学東北メディカル・メガバンク機構. 「医薬品の代謝反応を解析する薬物代謝酵素タンパク質発現系の開発」