胃薬は「痛みをごまかしている」だけ?本当に治すべき原因

【導入】その一錠は「解決策」か、それとも「隠蔽工作」か

「胃がキリキリするから、とりあえず一番効く薬を買おう」

大事なプレゼンの前、あるいは連日の会食続き。 ドラッグストアの棚に並ぶ、ゴールドやシルバーのパッケージに包まれた「強力な胃薬」は、忙しいビジネスパーソンにとっての救世主に見えます。

確かに、飲めば痛みは嘘のように引くかもしれません。しかし、薬剤師としてあえて問います。 「痛み(アラート)を強制的に消去しただけで、火事は消えていないのではないですか?」

胃の不調には、明確なメカニズムがあります。市販薬の多くは、そのメカニズムの一部を一時的にブロックしているに過ぎません。 今日は、あなたの胃袋の中で起きている「矛と盾」の攻防戦と、安易な胃薬依存が招く「本当のリスク」について解説します。

「攻撃」と「防御」のバランスシート

胃痛や胃もたれが起こる仕組みは、実はシンプルです。 「攻撃因子」と「防御因子」のバランスが崩れた時、胃は自分自身を消化し始め、痛みを発します。

1. 攻撃因子(Attack Factors):胃酸・ペプシン

胃は、食べたステーキすら溶かす強力な「塩酸(胃酸)」と、タンパク質分解酵素を分泌しています。これが過剰になると、胃壁を傷つけます。

  • 原因: ストレス、暴飲暴食、アルコール、カフェイン、ピロリ菌など。

2. 防御因子(Defense Factors):粘液・血流

自分の酸で溶けないよう、胃壁は「粘液」でバリアを張り、豊富な「血流」によって傷ついた細胞を常に修復しています。

  • 原因: 加齢、ストレス(血管収縮)、鎮痛剤(NSAIDs)の副作用など。

3. 胃薬のメカニズムと「ごまかし」の罠

市販の強力な胃薬(H2ブロッカーやPPI)は、主に「1. 攻撃因子」を強制停止させる薬です。 蛇口を締めれば酸が出なくなるので、痛みは即座に消えます。

しかし、もしあなたの胃痛の原因が「ストレスで血流が悪くなり、防御(バリア)が薄くなっていること」だとしたらどうでしょうか? 酸を止めても、バリアは薄いままです。 しかも、胃酸には「食べ物の殺菌」や「タンパク質の消化」という重要な役割があります。これを薬で長期間止め続けると、消化不良や腸内環境の悪化を招きます。

さらに恐ろしいのは、「重大な病気(胃がんや潰瘍)のサインを見逃す」ことです。 強力な薬は、ガンの痛みさえも一時的にマスクしてしまうことがあります。「薬を飲めば治まるから大丈夫」と受診を先延ばしにすることが、最大のリスクなのです。


「考える人」ほど胃が痛む理由

東洋医学(漢方)には、現代のビジネスパーソンにこそ響く格言があります。

「思いは脾(ひ)を傷(やぶ)る」

ここでの「脾」は消化器系全般を指します。「思い」とは、思慮過度、つまり悩みすぎたり、脳を使いすぎたりすることです。 脳がフル稼働して交感神経が高ぶると、内臓への血流は後回しにされます。つまり、「考えすぎる=胃の防御力が下がる」という図式は、数千年前から指摘されていたのです。

対症療法から「根本治療」へ

胃薬はあくまで「一時的な消火活動」です。火元(原因)を絶たなければ、火事は繰り返されます。

  1. 鎮痛剤(ロキソニン等)を飲みすぎていないか?
    • 頭痛薬の飲み過ぎが胃痛を招く「NSAIDs潰瘍」は非常に多いケースです。
  2. ピロリ菌の検査をしたか?
    • 日本人の胃がん・胃潰瘍の最大の原因です。一度除菌すればリスクは激減します。
  3. 「冷え」ていないか?
    • 漢方では、胃は温まることを好み、冷えることを嫌います。冷たい水のガブ飲みは、胃の機能を停止させます。

「ただの胃痛」と侮らず、自分の胃が今「攻撃過多」なのか「防御不足」なのかを見極めること。 そして、自分に合った戦略(ピロリ除菌なのか、ストレスケアの漢方なのか、食事療法なのか)を選ぶこと。

「自分の胃の状態がわからない」「薬が手放せない」という方は、パーソナル健康コンサルをご利用ください。 あなたの胃袋の声を翻訳し、最適なメンテナンスプランを提案します。


【参考文献・リンク】

本記事の執筆にあたり、以下の医学的知見およびガイドラインを参照いたしました。

  1. 消化性潰瘍の病態生理

    • 『ハリソン内科学 第5版』 - 攻撃因子と防御因子のバランス説(Shay’s balance theory)
    • 日本消化器病学会. 『消化性潰瘍診療ガイドライン2020』
  2. 薬剤性胃障害(NSAIDs潰瘍)

    • Lanza FL. (1998). “A guideline for the treatment and prevention of NSAID-induced ulcers.” The American Journal of Gastroenterology.
    • プロスタグランジン阻害による粘膜防御機能の低下メカニズム
  3. 東洋医学における「脾胃」

    • 『素問』『霊枢』 - 七情(思い)と五臓(脾)の関係性
    • 日本東洋医学会. 『機能性ディスペプシア(FD)に対する六君子湯の有効性』
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