内分泌・代謝薬 | 医スク講義第057回:経口血糖降下薬(Ⅱ):DPP-4阻害薬・GLP-1受容体作動薬

医スク学術体系 | 内分泌・代謝薬 Chapter 057 Last updated: 2026-07-04


Topic 1:インクレチン効果の生理学(GLP-1とGIPの分泌と作用)

インクレチン効果とは、同量のグルコースを静脈内投与した場合と比較して、経口投与した場合の方がインスリン分泌が著しく亢進する現象である この現象を媒介する消化管ホルモンをインクレチンと呼び、主にGLP-1とGIPの2つが知られている

  • GLP-1(グルカゴン様ペプチド-1): 食事刺激に伴い、主に遠位小腸(回腸)や大腸に分布するL細胞から分泌される 膵β細胞のGLP-1受容体に結合してインスリン分泌を促進するほか、膵α細胞からのグルカゴン分泌を抑制する さらに、胃排泄能の遅延(胃内容排出の抑制)や中枢神経を介した食欲抑制作用を併せ持つ
  • GIP(グルコース依存性インスリン分泌刺激ポリペプチド): 主に近位小腸(十二指腸・空腸)に分布するK細胞から分泌される 高血糖状態においてインスリン分泌を促進するが、低血糖時にはグルカゴン分泌を促進する作用があり、脂肪細胞における脂質蓄積促進作用も有する

いずれのホルモンも、血中ではプロテアーゼであるDPP-4(ジペプチジルペプチダーゼ-4)によって極めて迅速(半減期数分)に不活性化されるため、外因性の天然型投与では治療効果が得られない


Topic 2:DPP-4阻害薬の作用機序と血糖依存的インスリン分泌

DPP-4阻害薬(シタグリプチン、ビルダグリプチン、アログリプチン等)は、内因性インクレチンの分解酵素であるDPP-4を特異的に阻害する薬物群である

DPP-4はインクレチンのN末端から2つのアミノ酸(His-AlaまたはAla-Glu)を特異的に切断し不活性化する DPP-4阻害薬がこの活性部位に結合して酵素活性を阻害すると、食事刺激によって分泌された内因性活性型GLP-1およびGIPの血中濃度が約2〜3倍に上昇し、作用時間が延長する

この治療アプローチの最大の強みは、「血糖依存性」のインスリン分泌促進作用である インクレチンによるインスリン分泌促進は、膵β細胞内のグルコース代謝産物(ATP)が高濃度に存在する状態(高血糖状態)においてのみ、cAMP活性化を介して発現する したがって血糖値が正常以下に低下するとインスリン分泌刺激作用が消失するため、単独投与では低血糖を極めて起こしにくいという安全性上のメリットを持つ


Topic 3:GLP-1受容体作動薬の構造改変と徐放テクノロジー

GLP-1受容体作動薬(エキセナチド、リラグルチド、デュラグルチド、セマグルチド等)は、天然型GLP-1が持つDPP-4感受性を克服し、受容体に直接結合して強力な作用を発揮する合成ペプチド製剤である

長期間にわたり薬効を持続させるため、各製剤には以下のような高度なペプチドエンジニアリングが施されている

  • エキセナチド(エキセンディン-4関連): アメリカドクトカゲの唾液腺から発見されたペプチドを基に設計 天然型GLP-1と約53%の相同性を持ち、DPP-4が認識する2位のアミノ酸がグリシン(Gly)に置換されているため、酵素分解を完全に回避する
  • リラグルチド: ヒトGLP-1のアミノ酸配列をベースに、34位のリシン(Lys)をアルギニン(Arg)に置換し、26位のリシン(Lys)にスペーサーを介してパルミチン酸(C16脂肪酸)を結合 皮下での自己会合および血中アルブミンとの可逆的結合により、半減期を13時間まで延長(1日1回投与)
  • セマグルチド: 8位のアミノ酸をα-アミノイソ酪酸(Aib)に置換してDPP-4耐性を高め、26位に親水性スペーサーを介してオクタデカン二酸(C18脂肪酸)を結合 アルブミンへの結合親和性を極限まで高めることで、血中半減期を約1週間まで延長し、週1回投与を実現


Topic 4:経口GLP-1受容体作動薬(セマグルチド)の吸収促進技術

ペプチド性分子は胃酸による変性や胃ペプシンによる分解を受けるため、通常は注射剤としてのみ投与可能であったが、セマグルチド経口製剤(リベルサス)は画期的なデリバリー技術によって経口投与を実現している

この技術の鍵となる添加剤が**SNAC(サルカプロザートナトリウム)**である SNACはセマグルチドと1対1で複合体を形成するわけではなく、物理化学的に胃粘膜での局所的吸収を促進する

  1. 胃内の弱酸性環境の局所的中和: SNACは胃酸を局所的に中和してpHを上昇させ、セマグルチドを胃ペプシンによる加水分解から保護する
  2. 胃上皮細胞膜の受動的透過性向上: SNACが胃上皮細胞のリン脂質二重層に一時的に疎水性相互作用を及ぼし、セマグルチドの細胞膜透過を促進する(非極性相互作用による受動拡散)

このプロセスは極めて繊細であるため、効果的な吸収を得るには「起床時の完全空腹時」「コップ半分の水(約120mL以下)での服用」「服用後30分以上の絶飲食」という厳格な服用プロトコルを遵守しなければならない


Topic 5:GLP-1/GIP受容体作動薬(チルゼパチド)の多面的代謝効果

チルゼパチド(マンジャロ)は、GLP-1受容体とGIP受容体の両方を同時に活性化するシングルペプチド(デュアルアゴニスト)である

単一のペプチド鎖にGIPの配列をベースとした改変を行い、C20脂肪酸二酸修飾を施すことで、週1回投与の持続性を確保している GLP-1による食欲抑制・血糖降下作用に、GIPによる脂質代謝・エネルギー消費促進効果を相乗的に上乗せすることで、これまでのGLP-1受容体作動薬単剤を凌駕する極めて強力な血糖降下作用と体重減少効果を発揮する

GIP受容体刺激は、脂肪組織において血流と脂質緩衝能を改善し、異所性脂肪(肝臓や骨格筋)への脂質蓄積を減少させることで、全身のインスリン感受性を間接的に大幅改善する


Topic 6:インクレチン関連薬の副反応と臨床的位置づけ

インクレチン関連薬は心血管イベント抑制効果や腎保護効果も有し、現在の糖尿病治療において極めて重要な位置にあるが、使用にあたっては特有の副反応に注意を要する

1. 主な副反応と管理

  • 消化器症状(悪心、嘔吐、下痢、便秘): GLP-1受容体作動薬の導入初期に最も頻発する これはGLP-1の生理作用である胃排泄遅延が強く現れるためであり、低用量から徐々に増量する(タイトレーション)ことで多くの場合は耐性が獲得される
  • 急性膵炎: 持続的な膵β細胞への刺激に伴い、稀ではあるが重篤な急性膵炎が報告されている 激しい上腹部痛や背部痛が現れた場合は直ちに休薬する
  • 甲状腺髄様がんリスク: 動物実験において甲状腺C細胞増殖が認められているため、既往のある患者への投与は避ける

2. 臨床的ポジショニング

心血管疾患(ASCVD)の合併例や心不全・腎臓病のリスクが高い症例において、SGLT2阻害薬と並んでGLP-1受容体作動薬の優先的な使用が国内外のガイドラインで強く推奨されている


確認クイズ

  1. 経口摂取によってインスリン分泌が静注時より強く亢進する現象の名称と、それを媒介する2つの代表的ホルモンを答えよ
  2. DPP-4阻害薬が単独使用において、SU薬と比較して低血糖リスクが極めて低い理由を生理学的に説明せよ
  3. セマグルチドの週1回製剤において、血中半減期を著しく延長させるために施されている化学修飾の特徴を答えよ
  4. 経口セマグルチド(リベルサス)に配合されている添加剤「SNAC」が、胃ペプシンによるペプチド分解を防ぐメカニズムを説明せよ
  5. チルゼパチド(マンジャロ)がGLP-1受容体以外に活性化する、もう1つのインクレチン受容体は何か

参考文献

  1. Marso SP, et al. N Engl J Med. 2016;375(4):311-322.
  2. Marso SP, et al. N Engl J Med. 2016;375(19):1834-1844.
  3. Dahlof B, et al. Lancet. 2005;366(9489):895-906.
  4. Nelson DL, Cox MM. Lehninger Principles of Biochemistry. 8th ed. W.H. Freeman; 2021.
  5. 日本糖尿病学会 編著. 糖尿病治療ガイド 2024-2025. 文光堂; 2024.

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