内分泌・代謝薬 | 医スク講義第055回:インスリンの薬理:分類・作用時間・使い分け
医スク学術体系 | 内分泌・代謝薬 Chapter 055 Last updated: 2026-07-04
Topic 1:インスリンの生理作用と受容体シグナル伝達経路
インスリンは膵島β細胞から分泌されるペプチドホルモンであり、生体の同化作用を制御する主要な分子である 細胞膜上のインスリン受容体に結合することで作用を発現するが、この受容体はチロシンキナーゼ型受容体(2個のαサブユニットと2個のβサブユニットからなるヘテロ四量体構造)に分類される
インスリンがαサブユニットに結合すると、βサブユニットの自己リン酸化が誘発され、キナーゼ活性が上昇する 下流ではインスリン受容体基質(IRS)がリン酸化され、PI3K(ホスファチジルイノシトール3キナーゼ)-Akt経路が活性化される これにより、細胞内に内包されていたGLUT4(糖輸送体4)を含む小胞が細胞膜へトランスロケーションし、骨格筋や脂肪組織へのグルコース取り込みが急激に促進される
また、肝臓においては糖新生やグリコーゲン分解を強力に抑制し、糖の貯蔵(グリコーゲン合成)および脂質合成を促進する

Topic 2:超速効型・速効型インスリンの構造と薬物動態
ヒトインスリンそのものである速効型インスリン(レギュラーインスリン:R)は、溶液中では主に安定な「六量体」を形成して存在している 皮下投与後、これが活性型の単量体・二量体へと解離するまでに時間を要するため、作用発現までに約30分かかり、食事の30分前の投与が必要となるという動態的ディレイが課題であった
超速効型インスリン(リスプロ、アスパルト、グルリジン)は、遺伝子組換え技術によりアミノ酸配列を部分的に変更し、皮下における六量体の安定性を低下させ、単量体への解離速度を飛躍的に高めた製剤である
- リスプロ: B鎖28位のプロリン(Pro)と29位のリシン(Lys)の配列を反転
- アスパルト: B鎖28位のプロリン(Pro)をアスパラギン酸(Asp)に置換
- グルリジン: B鎖3位のアスパラギン(Asn)をリシン(Lys)に、29位のリシン(Lys)をグルタミン酸(Glu)に置換
これにより皮下投与後10〜20分で作用が発現するため、食直前の投与が可能となり、食後の急峻な血糖上昇(食後高血糖)をより生理的インスリン分泌に近い形で抑制できる

Topic 3:中間型・持続型インスリンの徐放メカニズム
基礎分泌を補うための持続型インスリンは、皮下注射された部位からゆっくりと均一に血中へ移行するよう、様々な製剤的工夫(徐放テクノロジー)が施されている
中間型インスリン(NPHインスリン)は、塩基性タンパク質であるプロタミンと亜鉛をインスリンと等モル比で結合させ、中性緩衝液中で結晶化させた懸濁製剤である 皮下投与後、プロタミン結晶からインスリンが徐々に遊離・拡散するため、作用が緩徐に持続する(約18〜24時間)
持続型溶解インスリンは、酸性溶液中で溶解しており皮下で沈殿するか、あるいは脂肪酸修飾等により皮下での重合やアルブミン結合を利用して徐放性を発現する
- グラルギン: A鎖21位のアスパラギン(Asn)をグリシン(Gly)に置換し、B鎖C末端に2個のアルギニン(Arg)を追加 等電点を中性付近へシフトさせたため、酸性注射液(pH 4.0)が生理的環境(pH 7.4)の皮下に注入されると、微細な無定形沈殿物を形成し、ここから徐々に溶解・吸収される
- デテミル: B鎖30位のスレオニン(Thr)を除去し、B鎖29位のリシン(Lys)にミリスチン酸(C14脂肪酸)を結合 皮下での自己会合能の向上と、血中アルブミンとの可逆的結合により、クリアランスを遅延させ持続化する
- デグルデク: B鎖30位のスレオニン(Thr)を除去し、B鎖29位のリシン(Lys)にヘキサデカン二酸(C16脂肪酸)を結合 亜鉛およびフェノール存在下で二量体として存在し、注入後にフェノールが拡散すると、皮下で「マルチヘキサマー(多六量体)」という安定な長鎖構造を形成する ここから亜鉛が徐々に解離して単量体が持続的に放出されるため、きわめて平坦かつ長い(最大42時間)作用を示す

Topic 4:配合溶解インスリン製剤の設計と臨床応用
基礎分泌(Basal)と追加分泌(Bolus)の両方を1回の注射で補うため、速効型/超速効型と中間型を様々な比率で混合した配合製剤が開発されてきた
従来の配合懸濁製剤(ノボリン30R、ヒューマログミックス30など)は、超速効型または速効型と、それをプロタミンで結晶化させた懸濁成分を混合しているため、使用前に十分な懸濁(振盪)が必要であり、混和不十分による投与量のバラつきが懸念材料であった
これに対し、配合溶解インスリン製剤であるライゾデグは、超速効型(アスパルト 30%)と持続型(デグルデク 70%)を溶解状態で配合することに成功した初の製剤である デグルデクが皮下でマルチヘキサマーを形成して基礎分泌を維持する一方で、アスパルトは独立して速やかに吸収されるため、用時懸濁の必要がなく、食事に伴う追加分泌と背景の基礎分泌を1製剤で正確に再現できる

Topic 5:インスリン療法の適応と各製剤の臨床的使い分け
インスリン療法の適応には、生存のために絶対的にインスリンを必要とする「絶対的適応」と、血糖コントロール改善を目的とする「相対的適応」が存在する
1. インスリン療法の適応区分
- 絶対的適応:
- 1型糖尿病(インスリン分泌がほぼ枯渇)
- 糖尿病性ケトアシドーシス(DKA)、高浸透圧高血糖状態(HHS)などの急性代謝失調
- 重症の肝障害、腎障害を合併している場合(経口薬の代謝・排泄遅延を回避)
- インスリン依存状態の妊婦(胎盤通過性のないインスリンによる管理)
- 相対的適応:
- 経口血糖降下薬のみでは血糖管理不十分な2型糖尿病
- 高度の糖毒性状態(著明な高血糖による一時的な分泌低下)
2. 臨床的投与プラン
- 強化インスリン療法(Basal-Bolus): 毎食前に超速効型インスリンを3回、就寝前または朝方に持続型インスリンを1回投与し、生理的なインスリン分泌(基礎分泌と追加分泌)を最も忠実に模倣する標準的な治療プランである
- BOT(Basal Supported Oral Therapy): 経口血糖降下薬の治療をベースとし、持続型インスリンを1日1回追加することで、安全かつ簡便に血糖コントロールを改善する導入プランである
- スライディングスケール: 入院治療や手術前後など、血糖変動が激しい時期において、その時点の測定血糖値のレンジに応じて速効型または超速効型インスリンの投与量をその都度決定・注入する一時的な管理手法である

Topic 6:低血糖リスク・シックデイ対応とアドヒアランスのマネジメント
インスリン療法において最も頻度が高く、生命を脅かしうる副作用が低血糖(一般に血糖値 70 mg/dL未満)である
低血糖の初期には交感神経刺激に伴う自律神経症状(冷や汗、動悸、手の震え、飢餓感)が現れるが、さらに進行すると脳のグルコース欠乏による中枢神経症状(頭痛、生あくび、意識障害、異常行動、昏睡)へと移行する 対処法として、意識がある場合は速やかにブドウ糖 10g(または砂糖 20g、ジュース 150〜200mL)を摂取させる α-グルコシダーゼ阻害薬(アカルボースなど)を併用している場合は、二糖類の分解が阻害されるため、必ず「ブドウ糖」を摂取させなければならない 意識障害時は、経鼻粉末グルカゴン(バクスミー)の吸入や、医療機関でのブドウ糖静注が速やかに実施される
シックデイ(感染症や胃腸炎などによる発熱、下痢、嘔吐、食欲不振状態)においては、食事が摂れないからといってインスリン注射を自己判断で中止(スキップ)してはならない 感染ストレスに伴うコルチゾールやアドレナリンの分泌増加により血糖が上昇しやすく、インスリンの中止はケトアシドーシス(DKA)を誘発する重大な引き金となる 水分を十分に補給しつつ、こまめに血糖値を測定し、食事摂取量に応じて通常量の1/2〜2/3程度に減量するなど、個別のシックデイルールに従ったスケーリング調整が必要である

確認クイズ
- インスリン受容体にインスリンが結合した後に活性化され、GLUT4の細胞膜トランスロケーションを制御する下流の主要なシグナル伝達経路は何か
- 超速効型インスリン製剤「リスプロ」が、速効型インスリンと比較して皮下からの吸収が極めて速い理由(製剤的特徴)を説明せよ
- 持続型溶解インスリン製剤「デグルデク」が、皮下に注入された後に形成する長大な六量体の連結構造の名称は何か
- 完全溶解製剤であり、用時懸濁の必要がなく1回の注射で基礎分泌と追加分泌の両方を補うことができる配合溶解インスリン製剤の販売名は何か
- 糖尿病患者のシックデイにおいて、食欲不振により炭水化物の摂取量が激減した場合でも、インスリン注射を自己判断で完全に中止してはならない理由を説明せよ
参考文献
- Zinman B, et al. N Engl J Med. 2015;373(22):2117-2128.
- McMurray JJV, et al. N Engl J Med. 2019;381(21):1995-2008.
- Heerspink HJL, et al. N Engl J Med. 2020;383(15):1436-1446.
- Nelson DL, Cox MM. Lehninger Principles of Biochemistry. 8th ed. W.H. Freeman; 2021.
- 日本糖尿病学会 編著. 糖尿病治療ガイド 2024-2025. 文光堂; 2024.
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