白砂糖はほぼ sucrose、黒糖は複合食品だった
白砂糖はほぼ sucrose、黒糖は複合食品だった
白砂糖と黒糖の違いは、甘さの強弱や料理との相性だけでは説明しきれない
分析化学と食品化学の視点から見ると、両者はかなり別の食品である
はじめに
最近、スーパーで白砂糖ではなく粉黒糖を買った
きっかけは単純で、黒糖のほうが香りもコクも強く、かなり美味しかったからである
ただ、黒糖の話はここでしばしば雑になる
黒糖はミネラルがあるから健康にいい という言い方はよく見かけるが、これは半分だけ正しく、半分はかなり雑である
実際、黒糖にはカリウム、カルシウム、マグネシウム、鉄などが残っている
一方で、摂取量ベースで考えると、糖質の流入に対してミネラル摂取量はそこまで大きくない
つまり 成分が残っている ことと 健康上の意味が大きい ことは、そのままイコールにはならない
では、黒糖の面白さはどこにあるのか
本稿の主張は、黒糖を 白砂糖より健康な甘味料 と単純比較するより、白砂糖はほぼ sucrose に単一化された食品であり、黒糖は non-sugar components を残した複合食品である と捉えたほうが、はるかに理解が進むという点にある
この視点に立つと、黒糖に対する見え方は変わる
黒糖は、単なる甘味料というより、サトウキビ汁由来の成分をある程度引き連れたまま濃縮された食品である
しかも、その複雑さの一部は HPLC や GC-MS のような分析法で、かなり具体的に追うことができる
本稿では、黒糖をめぐる 健康そう という印象をいったん保留し、製法、成分、味、香り、そして分析化学の観点から、白砂糖との違いを順番に整理する
その上で、黒糖の魅力がどこにあり、どこから先は過剰な健康神話になるのかを論証する

1. 黒糖は何者か
まず確認したいのは、黒糖は 白砂糖の未完成版 ではないということである
両者は同じサトウキビ由来であっても、製造の思想がかなり違う
白砂糖の方向は、端的にいえば 単一化 である
サトウキビやテンサイ由来の汁から不純物を除き、結晶化と精製を進め、最終的に sucrose を高純度で取り出していく
文部科学省の食品成分データベースでも、グラニュー糖は炭水化物 100.0 g、灰分 0 g とされ、ミネラルはほぼ Tr か 0 である
食品として見ると、かなり 純物質寄り の設計になっている
これに対して黒糖は、国際的には non-centrifugal cane sugar, NCS と呼ばれる
Jaffé(2015, Journal of Food Composition and Analysis)は、NCS を、精製糖に押し出されつつも各地で残ってきた伝統的甘味料として整理し、その特徴を sucrose だけではない成分を保持していること に置いている
ここで重要なのは、黒糖が 砂糖として不完全 なのではなく、別の完成形 だという点である
Nakasone ら(1996, Biosci Biotechnol Biochem)は、Kokuto から dichloromethane extract を取り、syringaresinol、medioresinol、coniferyl alcohol などの antioxidative compounds を単離した
さらに Takara ら(2002, Biosci Biotechnol Biochem)は、Kokuto から新規 phenolic glycosides を単離している
この時点で、黒糖を ほぼ sucrose だが少しミネラルがあるもの とだけ理解するのは無理がある
少なくとも化学的には、黒糖は sucrose 以外の低分子成分をいくつも抱え込んだ複合系である
この複合性は、食品成分表の数字にも反映される
文科省成分表では、黒砂糖は 100 g あたり炭水化物 90.3 g、灰分 3.6 g、カリウム 1100 mg、カルシウム 240 mg、鉄 4.7 mgを含む
もちろん、これだけで 健康食品 と呼べるわけではない
ただ少なくとも、白砂糖のように ほぼ sucrose だけに整えられた食品 とは違う層を持っている
ここで黒糖を理解するキーワードが non-sugar components である
Jaffé(2015)は NCS の relevant components として、phenolics、amino acids、complex sugars などを挙げている
実際の分析研究でも、黒糖系 NCS には sucrose のほか、glucose、fructose、minerals、phenolic compounds、flavonoids、有機酸、香気成分が報告されている
つまり黒糖は、甘味料であると同時に、サトウキビ由来の情報を少し残した濃縮食品でもある
この見方に立つと、黒糖の かなり美味しい という体験も理解しやすくなる
美味しさは単なる糖濃度だけでなく、色、香り、コク、わずかな苦味、後味の複雑さから立ち上がる
そしてその背後には、sucrose 単独では作れない化学的な厚みがある
したがって、黒糖をめぐる問いは 健康か否か だけでは足りない
むしろ最初に問うべきなのは、黒糖はそもそもどんな食品なのか である
それに答える第一歩が、白砂糖を 単一化された食品、黒糖を 複合食品 と見分けることである

2. 精製で何が消え、黒糖に何が残るのか
黒糖の違いを理解するには、何が足されているか ではなく、何が消されていないか と考えたほうが分かりやすい
黒糖の本質は、特別な成分を後から添加したことではなく、サトウキビ汁に含まれていた成分の一部が精製で捨てられずに残っていることにある
この対比は、文科省の成分表だけでもかなり明瞭である
グラニュー糖は炭水化物 100.0 g、灰分 0 g で、無機質はほぼゼロに近い
一方、黒砂糖は炭水化物 90.3 g に加えて灰分 3.6 g を持ち、カリウム 1100 mg、カルシウム 240 mg、マグネシウム 31 mg、鉄 4.7 mg などを含む
ここから見えてくるのは、黒糖に何かすごいものが入っている というより、白砂糖はかなり削ぎ落とされている という事実である
Payet ら(2006, Journal of Agricultural and Food Chemistry)は、製糖工程の複数段階で phenolic constituents と antioxidant activity を比較している
この手の研究が示しているのは、糖製品はすべて同じではなく、工程によって phenolics の残り方が変わるという点である
つまり、甘味料の違いは単なる粒の色の違いではなく、工程設計の違いでもある
Jaffé(2015)も、NCS に含まれる relevant components として、phenolics、amino acids、complex sugars などを整理している
ここで重要なのは、黒糖を ミネラル入りの砂糖 くらいに縮小しないことである
黒糖に残るのはミネラルだけではない
還元糖、アミノ酸、フェノール類、有機酸、さらには製造時に生じる褐変関連成分も関与してくる
この 残っている という事実は、味にも色にも直結する
白砂糖は甘味の輪郭が非常にシャープで、後味も比較的平坦である
黒糖はそこに、キャラメル様の香ばしさ、少しの苦味、ミネラル感、余韻としてのコクが重なってくる
それは偶然ではなく、成分の複雑さが味覚体験に反映されているからである
ただし、ここで飛躍してはいけない
いろいろ残っている ことは事実でも、だから健康に良い と直結させるのは別問題である
たとえば黒砂糖 10 g を摂ると、炭水化物は約 9 g 入る一方で、カリウムは約 110 mg、カルシウムは約 24 mg、鉄は約 0.47 mg 程度である
ミネラルがゼロではないことは確かでも、糖負荷に比べてその量は限定的である
ここが、健康記事として最も大事な線引きになる
黒糖は 白砂糖とまったく同じではない
しかし、黒糖だからいくらでも食べてよい という話にはならない
差があることと、免罪符になることは別である
したがって、第2節の結論はシンプルである
黒糖は、精製によって単一化された白砂糖とは異なり、サトウキビ由来の複数成分を残した食品である
だが、その成分の存在は、直ちに大きな健康優位を保証するわけではない
ここを混同しないことが、黒糖理解の最低条件になる

3. HPLC で黒糖はどこまで分解できるのか
黒糖をめぐって最近いちばん面白い問いのひとつが、分析機器でどこまで中身を見分けられるのか という点である
特に HPLC は、食品化学の読み物として非常に相性がよい
なぜなら、見えない複雑さを ピーク として可視化できるからである
HPLC、すなわち high-performance liquid chromatography は、液体中の成分を保持時間の差で分離していく方法である
乱暴にいえば、黒糖を構成している低分子成分を 同じ茶色い塊 のままではなく、ばらばらの信号として読み出す装置である
特に得意なのは、sugars、有機酸、phenolic acids、flavonoids、そして一部の oligosaccharides のような、比較的極性のある非揮発性成分である
この点を具体的に示すのが、渡嘉敷ら(2007, Journal of Applied Glycoscience)である
この論文では、黒糖を活性炭カラムと HP-20 で処理した試料を HPLC で分析し、グルコース残基 7、8、9 個からなる環状イソマルトオリゴ糖に対応するピークを検出している
さらに酵素分解と質量分析の結果を組み合わせることで、CI-7、CI-8、CI-9 に相当する可能性を示した
これは地味に重要で、黒糖が単なる sucrose の集合ではなく、もう少し複雑な糖の世界を持っていることを示している
HPLC の面白さは、黒糖は複雑です という抽象論を、もう一段具体化できることにある
Takara ら(2002)は Kokuto から phenolic glycosides を単離し、Nakasone ら(1996)は antioxidative compounds を報告した
この系統の研究は、黒糖の non-sugar fraction に、sucrose 以外の低分子が現実に存在することを裏づけている
つまり HPLC は、黒糖の 植物の名残 を見る顕微鏡のひとつといえる
ただし、HPLC には限界もある
黒糖の魅力の大きな部分を担う 香り は、揮発性成分が中心である
pyrazines、furans、furanones のような香気成分は、むしろ GC-MS の守備範囲に近い
したがって、HPLC だけで黒糖の美味しさの全体像を語ることはできない
もうひとつ大事なのは、褐色そのものの担い手である melanoidin のような高分子で不均一な生成物である
これらは Maillard reaction の進行で生じるが、HPLC できれいに単離されたピークとして全部を説明できるわけではない
HPLC は 見えるものを高解像度で見る 装置であって、黒糖の複雑さを全部説明する万能機 ではない
この整理は、記事の構図としても美しい
HPLC が見せるのは、黒糖の中に残る non-sugar components の一部であり、特に低分子側の秩序である
GC-MS が見せるのは、黒糖の香りの世界である
どちらも必要であり、どちらも別の窓を開けている
したがって HPLC でどのくらい分離できるか という問いへの答えは、かなり分離できるが、全部ではない になる
黒糖は、sucrose だけの単純な白い結晶ではなく、複数の成分が折り重なった茶色い集合体である
HPLC はその折り重なりをほどく有力な手段だが、味や香りや褐変の全体像を捉えるには、別の分析も必要になる

4. かなり美味しい、その正体はどこから来るのか
黒糖の話を健康のほうだけに寄せると、いちばん大事な事実を見落としやすい
それは、黒糖がまず かなり美味しい ということである
しかもこの美味しさは、単に甘いからではなく、香り、色、コク、余韻が重なって成立している
Asikin ら(2017, Food Analytical Methods)は、複数の non-centrifugal cane brown sugars について、糖、amino acids、minerals、phenolics、volatile aroma components を測定し、電子舌と電子鼻のデータと結びつけている
この種の研究が面白いのは、美味しい を感想文で終わらせず、成分と感覚の対応として扱える点である
黒糖の味は、甘味だけでなく、umami、astringency、bitterness のような輪郭も持ちうる
つまり、白砂糖より情報量が多い
保存中の変化も示唆的である
Asikin ら(2014, Food Chemistry)は、保存に伴って黒糖の色が濃くなり、水分や water activity が増え、glucose や fructose、flavour components、Maillard reaction products が変化することを報告している
この結果は、黒糖が単なる静的な固体ではなく、時間の中で風味が動く食品であることを示している
さらに決定的なのが、蒸発温度の影響である
Asikin ら(2023, Applied Sciences)は、最終加熱温度を 120、130、140 ℃ と変えた NCS について、volatile Maillard reaction products と retronasal aroma を比較している
温度が上がるにつれ、pyrazines、furans、furanones のような香り関連成分が増え、感覚的な差にもつながる
ここでようやく、黒糖の 香ばしい コクがある キャラメルっぽい が化学的に説明できる
要するに、黒糖の美味しさは サトウキビの自然な甘さ だけではない
製糖工程そのものが化学反応の場であり、その加熱の中で香りや色の成分が立ち上がる
黒糖の魅力は、原料植物由来の成分と、加工によって生じる反応生成物の両方でできている
Ayustaningwarno ら(2023, Foods)が日本と ASEAN の NCS を比較した研究も、この話を補強する
産地差や製法差によって mineral composition や volatile organic components はかなり変わる
つまり、黒糖は 黒糖という一種類の味 ではなく、土地と工程の差が風味に出る食品でもある
ここで 最近買った奄美の粉黒糖がかなり美味しい という体験に戻ると、その直感はかなりまっとうである
黒糖をうまいと感じるのは、単に砂糖だからではない
そこには甘さ以外の情報が多い
香りがあり、苦味が少しあり、コクがあり、色の印象も含めた 濃さ がある
だから少量でも満足しやすい人が出てくる
この 少量でも満足しやすい という点は、現時点では強い臨床エビデンスというより行動科学的な仮説である
ただし、甘味の質が摂取行動を変える可能性は十分に考えられる
白砂糖のようにまっすぐ甘いものと、黒糖のように複合的な風味を持つものでは、使い方も摂取量も変わりうる
結局のところ、黒糖の魅力は 健康そう 以前に うまい にある
そして、そのうまさは曖昧なイメージではなく、かなりの部分まで成分と工程で説明できる
ここが、黒糖をただのノスタルジーや民間知の話ではなく、食品化学の対象として読む面白さである

5. 黒糖は本当に白砂糖より健康なのか
ここまで見てくると、黒糖が白砂糖と違うこと自体はかなり明らかである
ただし、ここから先に だから黒糖のほうが健康にいい と短絡すると、話は一気に雑になる
Jaffé(2015)や Lee ら(2018, Food Research International)が示すように、non-centrifugal sugars は refined sugar より minerals や phenolic components を多く含みうる
この点は否定する必要がない
問題は、その差が摂取場面でどの程度の意味を持つのかである
たとえば黒砂糖 10 g は、糖としてみればかなり小さな量に見える
しかし炭水化物は約 9 g である
その一方で、カリウムは約 110 mg、カルシウムは約 24 mg、鉄は約 0.47 mg 程度にとどまる
これをどう見るかである
ゼロではない のは確かだが、日常の栄養設計全体から見れば、ミネラル補給源として主役級とは言いにくい
ここで避けたいのは、二つの極端である
ひとつは 黒糖は白砂糖と同じだから意味がない という言い方で、これは化学的な差を無視している
もうひとつは 黒糖はミネラルがあるから健康的で、白砂糖より安心して食べられる という言い方で、これは摂取量の現実を無視している
正確には、こういう整理になる
黒糖は白砂糖と同じではない
成分の多様性は高い
味や香りの体験も異なる
しかし、糖質であること自体は変わらず、glycemic control の観点から免罪符にはならない
糖尿病や肥満、脂質異常、全体の energy balance を考えるとき、黒糖だけを特別扱いする根拠は慎重に見るべきである
むしろ黒糖の意義は、健康にいい砂糖 という単純ラベルではなく、どういう食品を健康そうだと感じるのか を考える材料になる点にある
人は栄養素だけで食品を選んでいない
色、香り、産地イメージ、伝統性、加工度の低さ、自然らしさ、そうした複数の記号で 体によさそう を判断している
黒糖は、その構造を非常に見えやすくしてくれる食品である
その意味で、黒糖は健康食品というより、健康神話を考えるための教材に近い
白砂糖より複雑であることは確かであり、その複雑さは分析化学でかなり追跡できる
だが、複雑であることは、直ちに大きな臨床利益を意味しない
ここにある距離を丁寧に書き分けることが、食品をめぐる議論を少し大人にする
したがって、黒糖についての実用的な結論は地味である
白砂糖とまったく同じではない
風味は豊かで、少量でも満足しやすい人はいる
しかし ミネラルがあるからたくさん食べてもよい という話にはならない
選ぶ理由が 好きだから 美味しいから なら健全であり、健康にいいから無制限に安心 だと考え始めた瞬間に危うくなる
結論
黒糖は、白砂糖の色つき版ではなかった
食品化学の言葉で言い換えれば、白砂糖はほぼ sucrose に単一化された食品であり、黒糖は non-sugar components を残した複合食品である
この違いは、ミネラル、phenolics、還元糖、有機酸、香気成分、そして Maillard reaction products の存在として現れる
HPLC で見える低分子成分、GC-MS で見える揮発性香気成分、保存や加熱で変化する flavour profile を追っていくと、黒糖の かなり美味しい はかなりの部分まで説明できる
それは単なる気分やノスタルジーではなく、実際に成分と工程に支えられた感覚である
一方で、成分が残っている ことと 健康上の意味が大きい ことは別である
黒糖にミネラルがあるのは事実だが、糖質としての性格が消えるわけではない
したがって、黒糖は白砂糖より少し情報量の多い甘味料ではあっても、健康上の免罪符ではないと考えるのが妥当である
実践的に言えば、黒糖は 健康のために信仰するもの ではなく、風味の違いを理解した上で使い分けるもの である
白砂糖より複雑で、香りがあり、料理や飲み物によっては少量でも満足感が出やすい
その利点は十分にある
ただし、健康神話を上乗せしすぎないこと、その距離感がいちばん大切である
引用・参考文献
- Nakasone Y, Takara K, Wada K, Tanaka J, Yogi S, Nakatani N. Antioxidative Compounds Isolated from Kokuto, Non-centrifugal Cane Sugar. Biosci Biotechnol Biochem. 1996;60(10):1714-1716.
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